所在地名称
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七里の渡 |
所在地住所 |
船馬町 |
指定文化財 |
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解説 |
慶長6年(1601)正月、江戸と京都を結ぶ東海道が制定され、桑名宿と宮宿(現名古屋市熱田区)の間は、海路7里の渡船と定められた。
のち佐屋宿(現愛知県海部郡佐屋町)へ川路3里の渡航も行われた。 宮までの所要時間は3〜4時間と思われるが、潮の干満によりコースは違っており、時間も一定できなかった。
ここは伊勢国の東入口にあたるため、天明年間(1781〜1789)に、伊勢国「一の鳥居」が建てられ、記録でわかる範囲では、昭和4年の遷宮の後、建て替え以降、伊勢神宮の遷宮毎に建て替えられている。
明治になって、東海道制度は廃止となったが、揖斐川上流の大垣との間に客船や荷物船の発着場となっていた。
昭和34年(1959)の伊勢湾台風以後の高潮対策工事のため、渡船場と道路の間に防波堤が築かれて、旧観は著しく変化し、港としての機能は全く失われた。
昭和63年から平成元年(1989)にかけて、付近の整備修景工事が行われた。
なお現存する常夜燈は江戸や桑名の人達の寄進によって建立され、元は鍛冶町の東海道筋にあったが、交通の邪魔になるので、ここへ移築された。
元は天保4年(1833)建立のものであったが、昭和37年に台風で倒壊したので、台石は元のままであるが、上部は多度神社から移したもので、安政3年(1856)銘。
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アクセスマップ |
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