《由 来》
明治維新以降、廃藩置県による県の統廃合や大小区制などの地方行政単位の変革をへて、明治22年に市町村制が施行され、
桑名郡は1町15村に整理・統合された。江戸時代の村でいけば、多度村・小山村・戸津村・柚井村・肱江村の範囲が、多度村として新たに誕生した。
その多度村が誕生して以後、欠本となっている明治29年度分を除き各年度の多度村役場村会書類として残されている。
昭和の大合併により、野代村の資料も、昭和28・29年分のみ(3冊)残されている。多度町となってからも資料はそのまま引き継がれ、多度町議会もあわせて伝存している。
近年、三重県庁文書が県指定文化財になるなど近代文書を保存し指定する機運が高まっている。
その中で、旧多度町役場に残されている、多度村役場村会書類は明治22年の市町村制施行から現代にいたるまでの資料が1年の欠落を除きすべて残されている貴重な資料群である。
この資料群は、明治期の行政の近代化を図る過程を現地の資料によって追うことができ、地方自治が成立していく地域の実情を伝える重要なものと言える。
内容としては、明治22年の議会開設の状況や、村政の運営に関わって桑名郡に頻繁に報告・連絡を行う文書が綴られている。
明治30年には学校区の再編成が行われており、尋常小学校の新築に関わる記録なども含まれる。
また、毎年の議会における審議の状況や、村の様々な事業にについて記録されており、特に毎年の事業報告・統計概表には、土木・勧業・衛生・税務・兵事に関わる事柄が克明に記録されている。
さらに昭和の合併に引き継がれたと思われる野代村議会の書類が、2年分残されており、合わせて指定した。また、今回昭和の合併前までと限るがいずれ昭和30年以降の追加指定を行うべきと考える。
《その他》 (参考文献)
『多度町史』資料編3近代・現代2003年
|